Q.社会

伊勢湾台風以来と言われた2000年に名古屋市周辺で発生した水害は?

投稿日:2020年7月10日 更新日:

Q.いまから20年前 2000年(平成12年)9月11日 新川や天白川沿いで浸水 伊勢湾台風以来と言われた 名古屋市周辺で発生した水害は 何と呼ばれているでしょう??

正解は…

「東海豪雨」でした

解説

出題のねらい

2000年(平成12年)9月11日に発生した「東海豪雨」。本州上に停滞していた前線に向かって、大型で非常に強い台風のまわりにあった、暖かく湿った空気が断続的に流れ込み、東海地方ではずっと同じ地域に長時間にわたって積乱雲が発生したことで起きたものです。

「秋雨前線と台風14号による大雨」であり、「東海豪雨」の名は通称として使われているものの、気象庁に正式に名付けられたものではありません。愛知県西部から三重県北中部にかけてまさに豪雨となり、年間降水量の3分の1もの量の雨が降った地域があったり、同時に竜巻も発生しました。

東海豪雨 とは

名古屋市とその周辺では各地で大きな災害となりました。なかでも、かつての名古屋城の城下を守る構造となっていた庄内川からは新川に洗堰を越えて大量の水が流入し、新川の堤防が崩れ西枇杷島町などでは甚大な被害が。天白区の野並では川が逆流するなどし激しい浸水被害が発生しました。

この日は夕方から鉄道も道路も機能しなくなり、名古屋駅はたくさんの帰宅困難者で大きな混乱が。深夜に一部列車が動いた区間があったものの、特に名鉄は西枇杷島駅や下小田井駅などが水没。各地で停電も発生。大渋滞で物流も止まり、ナゴヤドームの試合も冠水のため中止となりました。

みんなの思い出から

いただいた当時の記憶が本当に生々しくて、読んでいると追体験したかのようでした。雨音が異常、マンホールが飛んで噴水に、車があちこちで水没、「高速が上にある道路(国道41号)では雨の激しさに気づけず、いきなりの冠水で車が水没」は、想像すると本当に怖いものです。

「名古屋台地は水害知らず」とは伊勢湾台風のあとに言われた言葉ですが、そんな台地に川が逆流して水没するとは想像できませんでした。水が引いた後に車が三段重ねになっている光景、それが名古屋の街なかであったなんて……ですね。鉄道が復旧まで数日かかったというのも衝撃的です。

そんなこともありましたね

この日は岐阜県の恵那郡南部でも大きな被害の出る豪雨となり「恵南豪雨」と呼ばれているのですが、名古屋の被害に隠れてしまってあまり語られることはありませんでした。そしてこの日は9.11。1年後の同じ日に「アメリカ同時多発テロ事件」が発生することとなります。

いただいた解答&感想

みんなの思い出

・大変だった
・水害は怖い
・雨音が異常だった
・新川が溢れた
・家族を迎えに行って車ごと水没しそうになった
・天白川が氾濫 野並駅から西が水浸し
・ナゴヤドームが浸水 選手の車も水没
・ジャイアンツの選手が新幹線で缶詰
・会社に溜まった水を排水した直後に骨折してしまった
・前日に異常な稲光があった
・マンホールが飛んで噴水になった
・知り合いの車が水没した
・土砂崩れで名鉄豊田線が止まった
・地下鉄のなかで一夜を過ごしてへとへとになった
・職場の先輩が新幹線で夜を明かした
・国道1号が冠水して動かなくなった車を押した
・東名高速がピクリとも動かない駐車場の様だった
・名古屋高速が屋根になっていた国道41号は雨に気付かずいきなりの冠水だった
・入院していた病院の地下鉄最寄り駅も浸水した
・消防団員だったので川を巡回していた
・チャット相手が床上浸水で停電して突然落ちた
・浸水した道を自転車を押して帰った
・道路が川のようだった
・「水害知らず」と言われた台地でも川が逆流して浸水した
・親子で被災した
・道路の側溝があふれていた
・同じ西区でも場所によって全く違った
・玄関の前まで水が来てぎりぎりで浸水しなかった
・復興作業を担当した 車が三弾重ね 街が泥だらけ
・被害を受けた先生の家に同級生と一緒に支援物資を届けた
・恩師がボートで校内を行き来する様子が全国ネットで流れた
・お客さんの工場が床上浸水になった
・身長を軽く超える浸水だった
・一晩中帰れなかった
・祖母の家が床上浸水して洗濯機が水没してしまった
・レンタカーを借りようにもレンタカーのお店も浸水していた
・母が新名古屋駅のホームで一夜を明かした
・鳴海駅が水没してしまった
・被災して床上浸水だった
・腰までつかって駅から家に帰った
・庄内川沿いの自動車学校が水没
・大曽根駅で一夜を明かした 駅員さんが旅行パンフ5枚を敷く用にくれた
・ぎりぎりの床下浸水で畳が浮いた
・南区も大同町や柴田あたりで大きな被害
・大府が浸水して東海道線が数日止まった
・道路が冠水して浄化槽があふれた その後下水道整備が進んだ
・須ヶ口駅が水に浸かった
・チョーク書きの行き先でパノラマカーや5500系が走り 117系の特別快速が走った
・ちょうど娘を生んだ時で 来てくれた実家の母が帰るときに前を走る車が浮いて引き返した
・初めての愛車が浸水してしまった
・電車が止まって帰れなくなって深夜に学校に戻った
・部活がおわって冠水した道路を浸かりながら歩いて帰った
・翌日は避難勧告で学校が午前休校になった
・稲沢駅が水没して東海道線が史上初の稲沢線経由だったかも
・夜勤で夜中に停電した
・水が引いたあと学校の池で飼っていた鯉が校庭のまんなかにいて生きていた
・ケーブルテレビ局さえBSが受信できていなかった
・サークルKに何も売っていない状況だった
・翌朝の渋滞がひどく多くの人が遅刻した
・5人乗車中の車が流された
・外の倉庫で保存していたコレクションが汚水につかってしまった
・朝たくさん故障した車がとまっていた
・9.11テロのちょうど一年前の日
・近くの堤防が決壊して1週間ほど片づけに追われた
・車のタイヤ半分くらいが浸かった
・土のうとして使われて公園の砂場がしばらく穴だった
・防災士を目指すきっかけになった
・名古屋市の降水量は観測史上1位だった
・雨脚が強くなり家に引き返した
・小さかったので記憶はない
・当時はもうしばらくは大きな水害はないだろうと思ったものだけど
・会社の慰安旅行の日だった
・私の誕生日

いただいた不正解

・恵南豪雨(同日発生)
・9.11豪雨
・尾張水害
・倒壊豪雨
・投壊轟烏
・ミレニアム豪雨
・東海豪遊
・ピーエル立浪のしょんない川水害

コメント

・同級生何人か塾で泊まる羽目に
・うちの車が水没した
・月曜日でした あっちこっちで冠水していて帰宅するのが大変でした
・庄内緑地公園が満々と水を湛えていた映像は驚き
・R248が水没して車が動かなくなったとか
・境川流域も冠水 情報周知がとぼしくて自分の車も水没しかけた
・枇杷島のメッキ工場も水没 あと数10センチでメッキ槽を越えるところだったそう
・「もしそうなってたら劇薬が流出 補償で会社潰れてましたわ」と仰ってました

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