Q.イベント・催事

名古屋市のマスコット 「はち丸」が誕生したきっかけとなった催事とは何だった?

投稿日:2020年7月25日 更新日:

Q.名古屋市のマスコット「はち丸」は ある催事をきっかけに誕生しました 2010年(平成22年)に開催された その催事とは何だったでしょう??

正解は…

「名古屋開府400年祭」でした!

解説

出題のねらい

名古屋市には公式マスコットキャラクターとして、風呂敷を背負った400年の旅人「はち丸」、やっとカメの「だなも」、シャチホコとエビフライが乗ったなごやジョウ「エビザベス」、ねがいボシの「かなえっち」の4人がいますが、そういえば、もとはイベントのキャラクターだったんですよね。

それは2010年に開催された「名古屋開府400年祭」。その翌年からは市のキャラクターとなっていて、申請をすることで使用することができますが、「2010名古屋開府400年」というロゴマークは使用不可となっていて、完全に市のキャラクターとしてのみの運用となっています。

名古屋開府400年祭 とは

徳川家康の指示のもと、現在の名古屋に新しい都市がつくられることになり、名古屋城の築城がはじまったのが1610年(慶長15年)のことでした。それまで都市の中心は清洲にあったのですが、それを街ごと名古屋下へと引っ越させたのです。「清洲越し」と呼ばれるものです。

「名古屋開府400年祭」とは、そんな名古屋の400回目の誕生日をみんなで盛大に祝おうというものでした。はち丸たちキャラクターだけでなく、今に続く「おもてなし武将隊」も名古屋開府400年に合わせて結成されたPR部隊で、全国の武将隊の先駆けとなりました。

みんなの思い出から

そういえば、テーマソングがありましたね。はち丸PRソング「夢、つなごう なごらっチョ」でした。キャラクターたちとともに、河村たかし市長が「なーごらっちょ、なごらっちょ」と歌っていた様子を思い出します。確かに「ぜんまいざむらい」っぽいとは言われましたね。

こういった、イベントから公式キャラへの昇格というパターンは実は多く、そういえばおとなりの岐阜県のキャラクター「ミナモ」も、2012年に開催された「第67回国民体育大会 ぎふ清流国体」のキャラでしたものね。世が世なら、デポちゃんが名古屋市の公式キャラになれていたかも…ですね。

そんなこともありましたね

「名古屋市の市制施行記念」という惜しい解答がありました。むしろそちらは市制施行100周年がデザイン博で、それこそデポちゃんなんですよね。また2010年という時期から、名古屋グランパスエイトの初優勝を思い出された方も多かったですね。

いただいた解答&感想

みんなの思い出

・ねがいボシのかなえっち
・だなも
・エビザベス
・エビザベスは金鯱の片方がエビフライ
・なーごらっちょなごらっちょ
・キラキラな夢つかもう~
・武将隊も一緒に踊っていた
・しぐさがかわいかった
・モデルは市長?
・豊田スタジアムで会えた
・那古野開府4世紀
・ぜんまいざむらいっぽいとデザイン変更があった
・イベントから公式キャラへの昇格は多い

楽しい不正解(敬称略ごめんなさい)

・名古屋海部400年祭
・名古屋海部俊樹400年
・名古屋海部トシキ&オメガトライブ
・家康公400年
・平城遷都1300年祭(複数)
・桶狭間の戦いから450年祭
・織田信長生誕500年
・COP10(複数)
・上海万博開催記念協賛事業
・ぜんまいざむらいフェスティバル
・高島屋の大北海道展
・名古屋市制施行記念
・名古屋城夏祭り
・世界デザイン博
・愛・地球博
・NHK名古屋60周年「はに丸」
・NHKラジオ80周年「80ちゃん号」
・中京テレビ冬はスキーでバッチグー
・名古屋80デイザーズさよならイベント
・三波春夫「なごやかマル八音頭」リリース記念
・ど祭り
・スズタン誕生祭
・タキモ本店創業祭
・アンスラサクスと邪神群による大破壊から400年
・夜の墓場で運動会
・コスサミ
・名古屋グランパスエイトの初優勝(複数)
・わかしゃち国体
・マンモスフリーマーケット
・中京テレビがささしまライブに引っ越し
・10.8決戦 中日VS巨人
・あおなみ線をピンチライナーにさせないキャンペーン

思い出アルバム

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