小学生が○とXの帽子をかぶって答えるテレビ番組といえば?

Q.小学生が参加 ○とXの帽子をかぶって答える 長く続いたテレビ番組といえば??「『?』クイズ」

正解は…

「天才クイズ」でした!

解説

出題のねらい

始まったのはなんと昭和42年。1967年7月から2004年秋まで放送された長寿番組でした。当初は「ボーイズチーム」「ガールズチーム」の男女対抗戦で、前半は相談しても良くて、後半は相談禁止でした。そして番組末期は、学校のクラス別チーム対抗戦という形式になりました。

番組のテーマ曲は、アレンジはかなり変わったりしたもののずっと同じものが使われ「帽子の下から友達見たら~」「天才クイズだどんとこい!」というフレーズは、名古屋出身者の幅広い世代の共通記憶として刻み込まれています。

天才クイズ とは

司会者は4代にわたります。久里千春さん、高松しげおさん、斉藤ゆう子さん、林家こぶ平さん。「子どもの頃、天才クイズの司会者って誰だった?」で、年齢をごまかしていてもバレます。また「答えはっ……イエース!」とタメる天才博士の手法は、のちにミリオネアのみのもんたさんに継承された…とは言われていません。

天才博士の声はずっと変わらず鎌田吉三郎さんでしたが、フォルムは、ロボット、壁に埋め込まれた初老の西洋人、頭髪の薄い白衣の中年博士と、変貌していきました。スポンサーはずっと「サクラのマークでおなじみのシキシマパン」でしたね。ちなみに歴代の天才博士はLINEスタンプになっていますよ。

みんなの思い出から

そうそう。「どんとこい」が低学年の頃はよくわからなかったですよね。あと、参加賞とか勝ち組賞がスポンサーのシキシマ(現:パスコ)のイチ押し商品で、イングリッシュマフィンだったり、なごやんだったりしましたね。賞品が選べる天才賞が、もしもらえたら何が欲しいか?は、当時の子どもたちの間で話題になりました。

シキシマのスポンサードによって、長野県の信越放送(SBC)でも放送されていた時期があるのですが、逆に名古屋っ子はこれがローカル番組だと知ると驚いたものでした。放送期間は37年2ヶ月。かつてはクイズ番組最長記録…だったのですが、現在は「アタック25」に抜かれています。

そんなこともありましたね

「天才クイズ」と「マゴベエ探偵団」をセットで記憶されている方も多かったですね。マゴベエ探偵団は同じく土曜夕方に11チャンネルの名古屋テレビ(メ~テレ)で放送されていて、こちらは関東でも放送されていたとこのことです。

いただいた解答&感想

みんなの思い出

・出場してみたかった
・友達が出た 同級生が出た
・今も帽子がとってある
・出場するとおみやげがいっぱいもらえた
・土曜日の夕方の定番
・勝ち組賞は食パン
・「食卓をちょっとオシャレに演出するイングリッシュマフィン」
・♪帽子の下から友達見たら~
・「どんとこい」がわからなかった
・途中まで相談できる
・久里千春さん(初代司会者)
・高松しげおさん(2代目司会者)
・斉藤ゆう子さん(3代目司会者)
・林家こぶ平さん(4代目司会者)
・博士は怖くて不気味でグロテスクで壁に固定(2代目)
・かわいい博士になった(3代目)
・シキシマパン(パスコ)
・天才賞で賞品が選べる
・天体望遠鏡
・電子ブロック
・参加賞「なごやん」がおいしそうだった
・「どんぐり音楽会」とセット
・名古屋テレビのアニメと迷った
・大きくなったら「5時SATマガジン」へ
・さらに大きくなったら「ドラゴンズHOTスタジオ」へ
・ローカル番組だと知って驚いた
・長野県SBCでも放送していた
・のちにチーム対抗戦になった
・収録日に地下鉄で子どもの集団を見かけた

楽しい不正解

・マゴベエ探偵団(多数)
・ご長寿早押しクイズ
・5時半ですシキシマパンですカトレヤクイズです
・いきなりテレホン
・600こちら情報部
・1000万円クイズ
・天災クイズ
・クイズおみごと日本
・アメリカ横断ウルトラクイズ
・象印クイズ
・変態クイズ
・お笑いウルトラクイズ

コメント

・懐かし~!弟が出場した パンを持って帰ってきた記憶
・公開収録よく見に行った
・当初は12問までありました
・テーマソング、今でも歌える

思い出アルバム

関連情報

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