1999年に名古屋市が宣言した非常事態とはなんだった?

Q.1999年(平成11年)2月18日、緊急記者会見で非常事態が宣言されました。「名古屋市『?』非常事態宣言」なんだったでしょう??

正解は…

「名古屋市『ごみ』非常事態宣言」でした!

解説

出題のねらい

名古屋市はゴミを出すときの分別が大変という話を以前はよく耳にしたものでした。そのきっかけになったのが、1999年(平成11年)の「名古屋市ごみ非常事態宣言」です。それまで名古屋のゴミを埋めていた、岐阜県多治見市の「愛岐処分場」に続く処分場計画が頓挫したのです。

名古屋市は愛岐処分場に続く埋立処分場として、港区の藤前干潟の埋め立てを計画。しかし、渡り鳥の重要な飛来地であるという指摘を受け、埋め立ての中止を求める声が強まったことから計画の中止を発表。そのため「ごみを減らす」目的で非常事態が宣言されました。

ごみ非常事態宣言 とは

ゴミの処理ができなくなるということは、街にごみがあふれるということ。それを避けるため「20世紀中に20%20万トン削減」と目標をたて、資源は資源としてリサイクルを徹底する取り組みを実行したのでした。結果、わずか2年で23%のゴミ減量に成功します。

守られた藤前干潟は、2002年(平成14年)に湿地の保存に関する国際条約・ラムサール条約に登録され、野鳥を観察できる市民の憩いの場となりました。その後、2005年(平成17年)に環境をテーマにした愛・地球博(愛知万博)が開催され、その機運はさらに高まっていきました。

みんなの思い出から

この非常事態宣言が出されるまで、名古屋市では空きびん・空き缶の収集は16区中9区でしか行われておらず、また、なんでも放り込むことができるコンテナボックスでの収集が行われていました。紙製・プラスチック製包装容器やペットボトルの分別も行われていなかったとのこと。

結果として、2003年(平成15年)には自治体環境グランプリで「環境大臣賞」と「グランプリ」を同時受賞。これは市だけでなく市民全員が受賞対象となりました。ただ、不法投棄は無くなっておらず、藤前干潟にはゴミが投げ捨てられているという現実もまだあります。

そんなこともありましたね

名古屋にとっての非常事態宣言。「ごみ」は良い方向に向かっていますが、少し前に「観光」面で魅力がないと指摘されたことがありましたね。まあでも今思えばネタで、そこまで非常事態というほどでもないかもしれません。その後、リアルな緊急事態がやってきてしまいましたからね…。

いただいた解答&感想

みんなの思い出

・3R「Reduce Reuse Recycle」
・松原市長「分別(ぶんべつ)は分別(ふんべつ)です」
・「藤前干潟を守る会」に参加していました
・2002年には藤前干潟がACのCMの題材に
・愛岐処分場のキャパがきっかけでしたね
・鍋田だっけ?
・分別が大変になった
・大幅なごみ減量を達成
・渡り鳥がずっと訪れ続けられるように

楽しい不正解

・観光非常事態
もうずっと何十年も非常事態ですね…
・味噌非常事態
味噌があふれちゃうのか 足りないのか どっちだろ
・都会非常事態
果たして都会なのでしょうか… ですね…
・名古屋も俺も非常事態
就職氷河期まっただな中の頃ですものね…
・環境(複数)
イメージとしてはそうですね 惜しいです!!
・川崎市よりも9年遅れ
川崎市は早い段階からごみが問題になっていたのですね
・リリーカードかなあ
リリーカードを自動改札機に突っ込んだら非常事態
・高潮ですか?
確かに台風が来たら怖いですね…
・コロナビール
時代を先取りしすぎですね!!
・藤前干潟関連??なんだろう

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コメント

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