港区の「ポートウォーク」はかつて違う名称でした「ポート『?』アピタ港」?

Q.名古屋市港区にあるショッピングモール「ポートウォーク」はかつて違う名称でした「ポート『?』アピタ港」??

正解は…

「ポートモールアピタ港」でした!

解説

出題のねらい

ポートウォークみなとは、1993年(平成5年)10月に開店したユニーのショッピングセンターなのですが、オープンから2014年(平成26年)まで「ポートモールアピタ港」という名前でした。このお店はアピタの歴史において重要な役割を果たす存在となりました。

ユニーは当時、新たなショッピングモール業態として「アピタ」の出店を決め、岐阜店とこのポートモールを開業させることになります。店舗のデザインをイタリアの著名建築家アルド・ロッシ氏に依頼。水色、黄色と派手な外観となりました。

ポートモールアピタ港 とは

名古屋市港区を創業の地とするユニーは、1989年(平成元年)に開催された「世界デザイン博覧会」の名古屋港会場に「ビッ!くじら」というパビリオンを出展。招待芸術家のひとりのなかに建築家のアルド・ロッシ氏がいました。国内大手のショッピングセンターにおいて、外国人の著名建築家の起用は初めての事例となりました。

しかし、時期はバブル崩壊と重なりユニーの業績は悪化。低コスト路線へと舵を切ることとなり、この港のアピタは「最後のアピタ」と呼ばれていました。ところが、開店すると驚くべき売り上げを叩き出し、ユニーを代表する店舗となり方針転換。アピタの出店は続くことになったのです。

みんなの思い出から

時は流れ2007年(平成19年)3月、ユニーは群馬県に「けやきウォーク前橋」をオープン。モール型のショッピングモール業態のブランドとして「ウォーク」を次々と展開します。そしてこのポートモール名古屋港もポートウォークみなとに模様替え。

かつて名古屋市港区はユニーの創業地ということもあり牙城を守っていましたが、イオンが激しく出店攻勢をかけており、その対抗策という側面もありました。さらに、2018年(平成30年)にはららぽーと名古屋みなとアクルスも近隣に開業。競争は激化しています。

そんなこともありましたね

2021年(令和3年)2月末には、イオンモール名古屋みなと(旧ベイシティ品川)が閉店しています。もちろんショッピングモールだけでなくドラッグストアなど競争は多角的に激化しているとは思いますが、ベイシティ跡地にもまたショッピングセンターが開業するようなので、今後もますます激しい戦いになりそうです。

いただいた解答&感想

みんなの思い出

・当知のアピタ(多数)
・ユニーのなかでトップクラスの売上だった
・開店時にバイトしていた
・レジを他店から借りて30台×2人体勢でも捌けず
・初日は欠品だらけ 開店2日目は大量残…
・全盛期の頃によく家族で買物に行った
・小さい頃から買物は必ずここだった
・空き店舗が無くなって専門店が賑わって欲しい
・黄色 赤色 水色の外観
・今の黄色と茶色と薄茶色も好き
・立体駐車場がたくさんある
・駐車場に動物の名前の愛称がついているけど迷う
・ドンキに転換するのかどうか?
・ショッピングモールが乱立している地域
・エアポートや大垣と一緒にウォークに統一された
・今でもポートモールだと思っていた
・イオンモール名古屋みなとの閉店が発表に
・フィールの店名はナゾなものが多い

楽しい不正解

・ポートピア(複数)
・ボートピア
・ポート当知
・ポートワイン(複数)
・ポートボール(複数)
・ポートセンター
・ポートラン
・ポートビル
・ポートタウン(複数)
・ポートメッセ(複数)
・ポートメガドンキ
・ポート生活創庫
・名古屋ポートアイランド
・ポートベイシティ(複数)
・ポートピアゴアイランド
・ポート西川屋
・ムーンウォーク
・ポートピア連続殺人事件(複数)
・ポートピア連続割引事件

コメント

・価格調査の仕事をしていた当時 本当に競争の激しい地域だと思った

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あのころナゴヤ 管理人

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